FXは一人でやるものだ。パソコンに向かって、チャートを見て、自分の判断でエントリーする。
でもその影響は、一人では完結しない。
お前の周りの人間にも確実に伝染する。
嫁、彼女、親、子ども、友達。
お前がFXをやっている限り、その全員が巻き込まれる。
本人は気づいてない。でも周りは全部わかってる。隠してるつもりでも、全部バレてる。
上の空の食卓。
友達や家族とご飯を食べていても上の空。
スマホやパソコンをテーブルに置いたまま会話してた。
ポジションを持ってると、目の前の人より画面が気になる。
「今ドル円どうなってる?」「さっきのエントリー、含み損になってないか?」
頭の中は常にチャートだ。目の前に座ってる人間の顔なんか見てない。
楽しい時間のはずが、心ここにあらず。
家族が話しかけてくる。「うん」「そうだね」——生返事。
目線はスマホ。指はチャートをスクロールしてる。
体はそこにいるのに、お前はどこにもいない。
家族はそれを見てる。毎日見てる。
「また見てる」「また上の空だ」——そう思われてることに、俺は6年間気づかなかった。
不機嫌の伝染。
含み損の時の緊張感や不機嫌が家族に伝わってた。
いらない心配を家族にかけた。
隠してるつもりでも全部バレてた。
含み損を抱えると、表情が変わる。声のトーンが変わる。返事が雑になる。
本人は隠してるつもりだ。でも家族は気づく。一緒に暮らしてる人間の変化を見逃すわけがない。
勝っても不安定。負けたら地獄。
勝った日は妙にテンションが高い。負けた日は何を言っても不機嫌。
家族は常にお前の精神状態に振り回される。
子どもが話しかけてくる。含み損で頭がいっぱいの時に。
「うるさい」「あとにして」——その一言が、どれだけ子どもの心を傷つけるか。
お前の含み損は、家族の心にも含み損を作ってる。
優先順位の崩壊。
トレードを優先し、義務的な予定を疎ましく思うことがあった。
家族のイベント<チャート分析。
友人の誘い<ポジション管理。
子どもの授業参観<雇用統計。
人間関係の全てが、トレードより下になる。
友達から飯の誘いが来る。
「その日、NYオープンの時間だから……」——断る。
家族旅行の計画が出る。
「平日はポジション持ってるから……」——渋る。
人間関係が「邪魔」に感じ始めたら末期だ。
大事な人との時間を「トレードできない時間」としか思えなくなる。
それはもう依存症だ。パチンコに通い詰める人間と何も変わらない。
信頼の消耗。
損失額を隠す。嘘をつく。バレる。信頼が減る。
これが何度も何度も繰り返される。
「今月いくら負けた?」——正直に言えない。
「もうやめるから」——やめない。
「少額しかやってないよ」——嘘。
「やめる」と言ってやめない。この繰り返しが一番キツい。約束が信じてもらえなくなる。
信頼は一度壊れたら、取り戻すのに何年もかかる。
FXの含み損は損切りできる。でも人間関係の含み損は、損切りしたら終わりだ。
離婚届に損切りラインはない。
やめたら、取り戻せた。
FXをやめた日から、目の前の人に集中できるようになった。
当たり前のことだ。でもFXをやってた6年間、それができなかった。
食卓でスマホを置かなくなった。
家族の顔を見て話を聞くようになった。
友達の誘いを「行く」と即答できるようになった。
週末に何も心配せず、家族と過ごせるようになった。
家族との時間が「邪魔」ではなく「幸せ」に戻った。
含み損もなければ含み益もない。ただ穏やかな食卓がある。
それがどれだけ贅沢なことか、FXをやめるまでわからなかった。
子どもが話しかけてくる。今は「うん、それで?」と笑って聞ける。
嫁が笑ってる。俺も笑ってる。
たったそれだけのことが、FXをやめるだけで手に入った。
お前がFXで失っているのはお金だけじゃない。
目の前の人との時間——それは二度と取り戻せない。
チャートは明日も動く。でも子どもの「今日」は二度と来ない。
やめるだけで、全部戻ってくる。
FXをやめた日から、家族と笑って飯を食えるようになった。
目の前の人の話を聞けるようになった。
スマホを置いて、「今ここ」に集中できるようになった。
穏やかな日常は、FXをやめるだけで手に入る。